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東京高等裁判所 昭和40年(う)2161号 判決 1966年4月07日

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮一年に処する。

原審及び当審訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

『控訴趣意第一点は、原審裁判所が被告人の志村警察署に出頭した行為につき、自首を認めなかつたのは審理不尽の違法があると主張するにある。

そこで、所論に基き原判決を調査すると、原判決は原審弁護人の自首の主張に対する判断として「被告人は昭和三九年一月九日志村警察署に出頭したことは認められるけれども、被告人は司法警察員に対し、本件事故の日時頃、本件場所を酒に酔つて自動車を運転し通過したこと、その際、何かにぶつつけた衝撃を受けると同時に金属音を聞いたので交通事故をひき起したことは直感したが、大したことはないと思い、事故の確認をせず、届出もしないまま帰宅した旨を供述したのである。そして、被告人は判示第一の業務上過失の内容である被告人が酒に酔つていたために正常な運転ができない惧れがあつた事実、人に対する致死傷の事実、判示第二の構成要件である人の死傷、及び被害者を救護する必要があることに対する認識があつたことについては、何れもこれを供述していない。もつとも、被告人は結論として、時間、場所、車種、ドアモールが落ちていたことから、本件事故を自分が起したことは間違いない旨供述しているけれども、右供述は取調官の追及によつて供述したものか、自ら進んで供述したものであるか明らかでなく、かつ、右のような供述は具体的事実の自認でなく、意思の表明であつて、犯罪事実の申告とは解し難い。」として、自首の主張を排斥している。

ところで、自首とは罪を犯し未だ官に発覚しない内に、捜査機関に対し自己の犯罪事実を申告すると共に、自己を直に逮捕し得る状態において処分を求めることを言うものであつて、右に言う犯罪事実の申告とは、固より自分の知る範囲内において具体的犯罪事実、及び自分がその犯人であることを申告すれば足り、自動車運転による業務上過失致死傷の罪についてこれを言えば、自首者が捜査官憲の前に出頭し、当該自動車事故の犯人として自己の記憶し、知れる範囲内で犯罪事実の内容を具体的に申告し、捜査官憲による捜査、並に処分に対し身を委せることを以て足り、具体的に如何なる過失によつて事故が発生したか、或はそれにより如何なる死傷の結果を発生したか等を、一々詳細、且つ余す所なくこれを供述する必要はないと解する。

よつて、本件につき被告人が志村警察署に出頭して犯罪の申告をした際作成された、昭和三九年一月九日付司法警察員に対する供述調書を仔細に検討すると、被告人は昭和三八年一二月二九日午後三時頃、会社の仕事が終つて社長の振舞い酒の冷酒をコツプに一杯半飲んでから、そばや「舟渡庵」で行われた職員の忘年会に臨み、日本酒五合を飲み、酔いのため交通事故を起してはと考えタクシーを拾つて行こうとしたが、タクシーが来ないので、やむなく自分で自動車を運転し二次会の目的で飲屋「鷹の羽」に行き、同所で約一時間位ビールと酒を飲んで更に酔が回つたのであが、何とか帰宅できると考え、車を運転し、見次公園脇の橋を渡つて間もなく、車を何かにぶつつけた衝撃を受けると同時にガチヤンという金属音を聞き、何かものに車をぶつつけた交通事故をひき起したことを直感したが、大したことはないと考え停車せず、又どんな事故を起したか確認もせず、そのまま運転を続けたことが認められる。以上のとおり、被告人は当夜多量の飲酒をしており、なお、右事故後練馬区羽沢町在住の義兄上之原栄次郎方に寄つて、同人の役員報酬を届けてから帰宅したにも拘らず、そのことを忘却し、翌日になつて気に掛り上之原方に電話で確かめて役員報酬を届けたことを知つた位であるから、被告人は相当程度酩酊していたことが窺われ、本件事故につき前記の程度しか記憶していなかつたとしてもあながち不思議でなく、被告人が右のように供述したからといつて、本件犯行を否認する趣旨であつたとは認められない。まして昭和三九年一月九日警察官が被告人の勤務先である高陽鉄工株式会社(自動車メーカーの使用する自動車の塗装設備機械の製作業)へ来て、轢き逃げ交通事故があり、逃げた車は黒塗りのオースチンでモールを落していつたと語つたのを聞知し、時間、場所、車種、モールを遺脱の点から、右の事故は自分が起したものに間違いないと考え、義兄上之原や社長とも相談し、業務上過失致死傷並に道路交通法違反として取調べられることを覚悟の上志村署に出頭したことが認められる外、同供述調書中において被告人は「私も深く反省し、今後は禁酒し、交通違反を絶対致しませんから何分とも御寛大な御取計いをお願い致します、」と供述していることに照らしても、被告人は自分が本件業務上過失致死傷罪等の犯人であることを認め、これに対する捜査、並に処分を求めるため志村警察署に出頭したことが明らかである。更に、当審証人渡辺怡悦の証言によつても、被告人は捜査官である同証人に対し、業務上過失致死傷の事実を含め本件事故につき申告したものであること、及び当時警察に本件事故被害の発生は知れていたが、犯人が何人であるかは未だ判つていなかつたことが窺われるから、被告人の右行為は正に自首を以て目すべきものである。

されば、原判決が被告人の申告は具体的事実の自認でなく、自首に該当しないと判示したのは、審理不尽により事実を誤認したものと言う外ない。ところで、自首は法律上の減軽事由には該当しないが、刑法第四二条により裁量的にせよ刑の減軽事由とされているものであつて、単なる量刑に関する事情とは異り、刑事訴訟法第三八二条の事実誤認に該当するものと解するのが相当であり、その誤認は本件判決に影響を及ぼすことが明らかと認められるから、論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免かれない。(目黒太郎 深谷真也 渡辺達夫)

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